被相続人の預金の不正引出し
遺産分割でのご相談で多い質問の一つに、「被相続人の預金の不正引出し」に関するものがあります。
「亡くなった父の預金が不正に引き出されています。遺産に含めることはできますよね?」と質問されることがよくあります。
被相続人の預金の引出しについては、2つに分けて検討する必要があります。
前提としては、被相続人の意思によらず、被相続人以外の相続人が預金を引き出した場合で検討してみましょう。
1 生前の引出しの場合
「遺産分割の対象となる遺産」とは、相続で発生し、遺産分割時点で存在する積極財産(プラス財産)です。
したがって、生前に引き出された預金額は遺産対象の遺産ではありません。
もし、不正に預金を引出した相続人に対し、他の相続人が請求するのであれば、その法的根拠は、自分の相続すべき遺産額の損失があったとして、自己の相続分での不当利得返還請求をなすことになります。
たとえば、相続人が子3人として、一人の相続人が900万円を被相続人の生前に不正に引き出していたとしたら、他の2人の相続人は、不正引き出しをした相続人に対して、それぞれ300万円の不当利得返還請求を行うことができます。
要は、生前の不正引き出しの問題は、遺産分割の問題ではありません。
2 相続発生後(被相続人の死亡後)遺産分割前の不正引き出しの場合
この場合は、民法が改正され、全員の相続人が引き出された金額を遺産とみなすことに合意すれば、遺産とみなされ、遺産額に含めることができるようになりました(民法906条第1項)。
相続人全員の同意とは、引き出した当該相続人以外の相続人の同意で足りますので(同条第2項)、上記の例でいえば、他の2人の相続人が同意すれば、900万円が遺産額になるということになります。
以上が、被相続人の預金の不正引出しの場合の民法を適用した法律上の処理ですが、私は、相談者の方に、「遺産分割調停では、当事者合意はオールマイティーです。」とよく言います。
上記の処理は民法の条文を適用した場合であって、当事者が争って、審判や訴訟で決着する場合の帰結ですので、必ずそうしないといけないということはありません。
当事者がみなで納得合意すれば、どのような分割内容でも調停成立となるのです。
相続人は、親族の中でも、親子、兄弟のように特に親密な間柄ですから、心情面や引き出しの諸事情を踏まえながら、解決していくべきで、単なる法的知識だけで解決できるものではありません。
できれば、双方が諸事情を誠意をもって話合い、互いに納得できる合意が得られるよう最善の努力はしてみたいものです。
もちろん、争うときは、損しないように相続事件に詳しい弁護士に相談してみてください。